夢のSydneyでシドニー

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8/31(水)

セキュリティカード:

 セキュリティカードをゲットした。2週間前から頼んでおいたものである。これで,土日などの休日も大学に堂々と入ることができる。事務員のKimに連れられて,ちょっと離れたところにあるカードの発行センターに行った。行く途中,あえてKimにいろいろ話しかけてみた。彼女の英語が以前よりは大分わかるようになった。進歩である。(と言っても半分くらいである)。途中,結構な坂道というか階段である。Kimはつらそうだったが,「Exercise!」と言って笑っていた。受付には4台ほどCCDカメラらしきものが設置されており,近くに「CCDカメラで監視中」と書かれている。流石にセキュリティが厳しいと感動していた。必要書類を提出した私に,受付の人がそこの椅子に座ってくれという。なぜなのかわからなかったが,言われたとおりにした。するとカメラの方を向いて笑ってくれという。セキュリティカードに貼りつける顔写真の撮影だった。監視カメラだと思っていたが違ったようである。道理で随分低い高さにあるわけである。
 ところで,こちらでは,自分から頼まないと何もしてくれないことがよくわかった。セリュリティカードの発行しかりである。王教授が言うようにもしかしてファンドもお願いしたらくれるのであろうか?それにしても,なぜ発効までに2週間も待たされたのかわからない。書類の記入と写真撮影で10分くらいであった。

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8/29(月)

セキュリティシステム:

セキュリティシステムの部屋番号がやっと変更になった。これで,大学院生が来ていなくても部屋に入ることができる。ガードマンに怒鳴り込まれることもなくなった(はずである)。早速,お礼のメールをKimに送った。そのあと廊下でKimに会った。ニコニコして話かけてきた。あいかわらず彼女の言葉の詳細は謎であった。

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8/28(日)

Watoson Bay:

フェリーでWatoson Bayというところに行ってみた。ほとんど揺れない。マンリービーチ行きのフェリー(8/21)とは大違いである。これなら子供でも大丈夫そうである。Bayはヨットでいっぱいであり,眺めがよい。ランチをとりながらくつろぐにはなかなかよさそうな場所である。しかし,レストランは長蛇の列であり,くつろぐまでが大変そうである。

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8/27(土)

アイロン:

ちょっとだけ本気で部屋の掃除をしてみた。掃除機をかけ,バスタブとトイレを磨いた。調子がでてきたので,アイロンをかけてみた。霧吹きとあて布は近くのスーパーに売っていた。アイロンを使うのは20年ぶりぐらいである。意外と楽しかったが,ズボンに線が3本くらい入ってしまった。気にしないことにした。
掃除で一番困るのは,適当な洗剤がよくわからないことである。商品に小さな文字で書かれている説明を読まなければならない。読んでも結局わからないことも多い。先日,恥ずかしい思いをした。こちらに着いてすぐ,スーパーに石鹸を買いにいった。石鹸らしきものを発見した。大きさも形も似ている。ところが持ってみると妙に柔らかい。何と生理用品であった。商品を棚に戻すと,すぐ様その店を立ち去った。

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8/25(木)

岡部さんと会食:

三菱商事の岡部さんと会食した。彼は現在,UNSWのSchool of Mining EngineeringのMCの学生である。私と同じSchoolである。今年の1月に入学し,1年間勉強するらしい。東大の山冨先生の研究室をご卒業されたそうで,シドニー到着後に,山冨先生より,彼がこちらにいるとの情報をいただいていた。一段落したら連絡しようと思っていたが,彼の方から連絡をくれた。チャイナタウンにある中華レストランに案内してくれた。大学でのことも含め,生活に役立つ貴重な情報をいろいろいただいた。日本語を思う存分話すことができた。入籍後,すぐにこちらに来たそうで,今は奥様もこちらに滞在されているそうである。1月に帰国後,披露宴を行う予定らしい。もしかして,このシドニー滞在が新婚旅行の代わりなのであろうか?ちょっとだけうらやましい気がした。

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8/23(火)

ジョギング開始:

ジョギングを始めることにした。日本でも通勤はジョギングであったが,最近は出張先でジョギングするのを楽しみにしている。私の場合,歩くのより少しだけ速いぐらいで,4-5kmぐらいが限度である。JR八軒駅の近くで,ハイヒールで走っていたOLにあっさりと抜かれたことがある。Googleのマップで調べて,セントラル駅から大学までの間を走ることにした。最初の10分間は歩き,ウオーミングアップをする。次に,公園とゴルフ場の横を30分間走る。最後に,大学の正面ゲートからオフィスまで5分間歩き,クールダウンをする。このコースはバスの路線を参考に決めた。なかなかいい感じである。
早速,走ってみたが,1つだけ不満がある。最初の歩きの区間はかなりはげしい坂道であった。道理で地名が「サリーヒルズ」となっているわけである。これからは,だんだんと暑くなるであろう。ウオーミングアップでギブアップするかもしれない。

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8/22(月)

大学院生の発表:

DCの学生の発表会に参加した。工学部長の前での発表会である。主に工学部長が質問をし,それを全員(教員も)で答えるという感じだった。というか,むしろ,教員(特にヘッドのHebblewhite先生)が中心に答えていた。テーマは下記のである。
1. ロックボルトの応力腐食
2. ブロックケービングに与える断層の影響
3. 閉山した炭鉱のCO2貯留能力の評価
4. ハンターバレーにある谷の採掘による沈下と隆起
5. 衛星画像の分析による鉱山周囲の環境評価
この内,2と4は現場計測とFLAC3DやUDECによる数値解析だった。何となくの雰囲気として,数値解析はFLACやUDECがすべてであり,これらを使わないと信頼性のある解析として(世界に)通用しないという感じだった。ちなみに2について発表したDCの学生にFLACで使っている断層の力学モデル(構成式)について聞いてみたが,そんなのは知らないといわれた。Hebblewhite先生は,どこから研究助成をもらっているかとかを工学部長に力説していた。こちらの教員は論文を書くことよりファンドを集めることが重要視されるのかもしれない。

Census 国勢調査:

夜の8時ごろに家で食事していたら,ドアがノックされた。こんな時間に誰だろうと思った。ドアを開ける前にだれか尋ねたが,答えがわからない。声を聞く限り,女性のようだ。開けてみると,小柄な女性が立っていた。Censusというシートを見せながら何やら説明しだした。「Census」を「Jesus」と勘違いした。怪しい宗教の勧誘かと思った。ドアを閉めようとしたら,はげしく抗議してくる。こちらの勧誘は随分としつこいと思った。なかなか帰ろうとしない。このとき気づいた。「Jesus」ではなく「Census」だと。ちょっと待ってもらって電子辞書で調べてみた。「国勢調査」と書いてある。とりあえず怪しい人ではなかった。しかしながら,私はオーストラリア国民では無い。「日本人で,市民権は無く,来年の1月までしか滞在しない」と言った。これで帰るだろうと思ったら,さらに力説しだした。「8月の時点でオーストラリアに住んでいる人全員に協力してもらうことになっている」と。「私は,オーストラリア国民ではないので協力する義務はない」と答えると,カバンから紙を引っ張りだしてきて,これを読めという。しょうがないので読んでみると,「在住中の外国人も協力する義務があり,もしこれを拒否する場合は強制退去してもらう場合もありえる」というようなことが書かれていた。私の負けである。しぶしぶシートを受け取ると,国勢調査の女性は満足そうに帰っていった。

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8月21日(日)

マンリービーチ:

フェリーに乗り,マンリービーチというところに行ってみた。私の使っている通勤用のチケットは特定のエリア内のシティレール(電車)とバス,フェリーが乗り放題である。土日に中心部付近に出かけても交通費は一切かからない。マンリービーチはサーキュラーキーという交通の中心地からフェリーで30分ほどである。シドニー湾を北東に進んだところにある。シドニー湾から見たオペラハウスやハーバーブリッジもなかなかの眺めである。マンリービーチに近づくと,フェリーが左に旋回しだすとともに,大きく左右に揺れ始めた。これほど揺れた船に乗るのは生まれて初めてである。転覆するかと思った。子供を連れてくるかは考えものである。

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8月20日(土)

美術館:

州立美術館に行ってみた。ハイドパークという公園の北東にある。入館料は無料である。アジアの美術品のフロアがあり,日本,中国,韓国の作品が展示してあった。博物館はハイドパークの南東にある。こちらは有料なので家族が来てから行くことにした。ハイドパークは街の中心にあり,札幌でいえば大通り公園のような感じである。

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8月19日(金)

電気とガス:

Energy Australiaという会社から,電気とガスの利用に関する通知が来ていた。Agentに連絡すると,「あなたの名義で登録しておいて」といわれた。記載されていた番号に電話するとまた例の録音された音声が流れ,番号の選択である。「移動や新規の登録は2」と言われた気がしたので,2に電話してみた。当たっていたようだが,早口でまったくわからない。ゆっくり話してくれとお願いした。でもわからない。電力や契約に関する専門用語がわからないのだ。断念して,同じ部屋のJamesというオージの学生にお願いした。「いくつかのサービスシステムと支払い方法がある。申し込み書を郵送するからそれを見て,選んで返送してね。クレジット払いすると保証金340$はいらないよ」ということらしい。助かった。JamesはD1の学生であるが,気さくで親切である。人に好かれるタイプのようで,友人(女性も)がよくやってくる。勉強に教えてもらいに学部生もくる。「何かあったら何でもいってね」と言ってくれる。今後もいろいろと何かありそうである。この部屋に移ってよかった。

ビール:

夕方5時を過ぎたころ,Jamesが冷蔵庫からなんかのビンを出してきた。オーストラリアのビールである。インド人のLaritと3人で飲んだ。Jamesがビールの蓋を手であけた。真似してやってみたがダメだ。力の違いかと思ったがコツがあった。ひねると簡単に外れた。オーストラリアにもビールはたくさんの種類があるが,安いものでは6本セットで15$くらいである。1本210円くらいで,375mlである。ビールは日本と同じくらいのようである。冷蔵庫はビールでいっぱいだった。調子がでてきて2本ほどご馳走になった。Jamesに今度日本酒を飲ませる約束をしてしまった。帰りに酒屋によったら,日本酒もおいてあった。一番やすいのでも30$くらいである。日本の2倍くらいの値段がする。迷ったが,結局1本5$のワインを買って帰った。

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8月18日(木)

Conditioning report:

夕方,大学から早めに家に戻った。エージェントがConditioning reportを取りにくることになっている。前にも書いたが(8/11),入居日から1週間以内にConditioning reportというものをエージェントに提出しなければならない。シートに基づき,すべての部屋の状態をチェックする。全部で50項目以上ある。エージェントの方で,すでにチェックしてあるが,その内容に意義がないかどうか借りて側の方でもチェックするというものである。項目ごとに「1.Work, 2.Clean, 3.Damage」の3つをチェックしなければならない。例えば,壁や床,天井に傷があるかどうかなどである。ある場合はどこに何か所あるかなど細かく記入しなければならないようだ。あるいは,洗濯機や電子レンジ,食洗機などが問題なく使えるかなどもある。この作業に5日ほどかかった。主に傷の状態で納得いかないところが5か所ほどあった。シートにNを記入し,その詳細は自分で別紙を用意し記入しておいた。
エージェントがやって来た。シートと別紙を渡すと,Nの個所を確認しだした。すべて納得したようである。もうちょっと揉めるかとも思っていた。エージェントは香港生まれの女性であるが,結構アバウトな性格のようである。これで入居に関する手続きはとりあえず終了である。

火災報知器:

近くのスーパーで牛肉を買ってきた。9$/kgである。日本の表示に直すと約75円/100gである。こちらでは鶏肉と牛肉は安い。その代り,豚肉が意外と高い。ものによるが平均的には牛肉より高いようである。さて,牛肉をフライパンで快調に焼いていた。初のステーキである。わくわくしてきた。その時である,突然,寝室の火災報知器が鳴り出した。ドアを開けっ放しにしておいたため,煙が寝室に流れてしまったようである。手加減しないでなり続ける。止め方がわからず困った。椅子にのり,とにかくついているボタンをかたっぱしから押してみた。一分くらいするとやっと鳴りやんだ。結構大きな音である。近所の人が集まってきて大騒ぎにでもなったらどうしょうかと思った。耳を澄ましたが,あたりはシーンとしている。ほっとした。不思議なことに気付いた。キッチンにある火災報知器は鳴らなかったのである。よくよく見るとスイッチがOFFになっていた。ONにしておくと炒め物をするたびに鳴るので,エージェントが前の居住者がOFFにしていたと思われる。8/8のガードマン乱入以来の焦ったできごとであった。以降,料理のときには寝室のドアを必ず閉めることにした。

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8月16日(火)

ネットバンキング:

ネットバンキングを申し込むことにした。その方が支払いとかいろいろ便利である。銀行の口座は到着した8/2にすでに作ってある。Commonwealthというこちらではメジャーな銀行である。HPで申し込みの手続きを進めたが,まずはテレフォンバンキングの申し込みが必要なようである。これは日本と同じである。HPに書かれている番号に電話してみると,録音された音声が流れた。日本にもよくあるが,何とかの要件の場合は1を押せとか,何とかの場合は2を押せとか言っている。ここでまた困った。「何とか」が聞き取れない。3回ほど聴いたところで,何となく2のような気がした。2を押してみた。つながらない。もう一度やってみた。つながらない。今度は1を押してみた。ダメである。しょうがないので窓口に行ってつくることにした。中国人(あるいは香港か台湾)らしき人が対応してくれた。セキュリティのためいろいろ質問された。卒業した小学校の名前とか,ペットの名前とかである。日本と同様である。最後には自分で秘密の質問を2つ考えろと言われた。窓口にきて良かった。私があまり英語ができないのがわかったようで,ゆっくりしゃべってくれた。電話ではお手上げだったかもしれない。とにかくネットバンクが使えるようになった。早速,使ってみた。健康保険の料金の不足分の振り込みである。日本にいるときに女房にお願いして振り込みに行ってもらったが,振り込み手数料を受け取り側の支払いにしてしまったため差額(不足)がでたようである。とにかくこれで窓口に行く必要はなくなった。一歩前進である。

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8月15日(月)

大学院生の部屋へ:

名誉教授の部屋からSharlockが使っていた部屋に移動することになっていた。8/5から1週間ほど個室で過ごしたが,ガードマンと王教授が来ただけであった。これでは,英会話のトレーニングにならないし,オーストラリア人の生活スタイルや文化など,あまり知ることができない。ポールにお願いして大学院生の部屋に移してもらった。ポールに「お前本当にそれでいいのか」と何度か念をおされた。大学院生の部屋は2つあったが,オージの学生がいる方の部屋を選んだ。オージが2人,インド人,スーダン人がそれぞれ1人ずつである。インド人とスーダン人の英語はかなりわかりやすく,意外と会話ができた。オージの英語はやはりわからない。オーストラリアの英語は独特な発音があることは有名である。ニュースを見ていても「Today」を「トウダイ」という。しかし,そもそもの問題はスピードだと感じる。とにかく速い。これはアメリカやイギリスでも同じらしく,ネイティブの英語を理解するにはまずはスピードに慣れることだと痛感している。ともかく,これからはオージの会話にはこっそり聞き耳をたてようと思う。
 ちなみに私が移った部屋の方にだけクーラーが付いていることはこの部屋を選んだこととは関係ない。

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8月14日(日)

ダーリングハーバー:

ダーリングハーバというところに行ってみた。ハーバーの周りに水族館などいくつかの見学できる施設がある。娘たちを連れてくるのにちょうどいいところである。駅に向かう途中に中国風の店の大群が現れた。チャイナタウンであった。ちゃんとした門まである。やはり中国人はたくましい。

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8月13日(土)

米と炊飯器:

二日酔い気味のため遠出せず,Chatswoodで生活必需品を買うことにした。誘惑に負けて炊飯器と米を買ってしまった。炊飯器はK-martという札幌でいえばホーマックみたいな店で買った。意外と安く5合炊き?(5 cupsと書いてある)で14$(約1,200円)であった。鍋に蓋をのっけてスイッチを押すだけのものである。もちろんタイマーなどの機能はついていないが,保温機能はあるようである。米はColesという大型のフードセンターで買った。Sun rice という商品のMedium grainというのを買った。5kgで10$(850円くらい)であった。他にはタイ米のように粒が長いものもある。ちゃんと炊けるか不安であった。念入りに米を研ぎ,安っぽい透明の蓋を載せ,スイッチを押してみた。待つこと30分,スイッチが保温の方に切り替わった。さらに5分ほど待ってから,どぎどきしながら蓋を取ってみた。ちゃんと炊けているようである。それも意外と美味しい。シドニーに来て初めての米である。炊きたてのご飯はこんない甘いものかと感動した。バスタブと同様,涙がでるくらい嬉しかった。

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8月12日(金)

杉田さんとの会食:

 三菱マテリアルの杉田さんと会食をした。午後6時にTown hallの北側の改札口で待ち合わせをした。杉田さんからTown hallには改札が3つあると聞いていた。てっきり「North way out」とかどこかに書いてあるかと思っていたが,どの改札も「Way out」と書いてあるあるだけだった。電車の線路の方向を考え,北にありそうな改札の出口で待っていた。時間通りに杉田さんが現れた。素面のときは東西南北ぐらいはわかるようである。日本料理の店に連れて行ってもらった。シドニーで初めて日本食を食べ,美味しく焼酎をいただいた。久々におもいっきり日本語を話した。絶好の気分転換になった。渡豪前から杉田さんにはお世話になってきた。日本人の不動産屋や保険会社を紹介いただいた。大変感謝している。武甲山の残壁(鉱石を採掘することにより形成される岩盤斜面)の話をしていたようだが,詳細はあまり覚えていない。

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8月11日(木)

引越し:

 日本からの送金が届いた。エージェントに連絡すると,早速物件の引き渡しをしてくれることになった。銀行に行き,バンクチェックを用意した。エージェントから渡されたチェックシートを見ながら,部屋に据え付けのものをチェックする。あるかどうか,動くがどうか,破損していないかどうかである。電気スタンドなど破損しているものや,そもそも無いものもあり,シートに×を記入した。結構時間がかかる。30分ほどすると,次の約束があると言ってエージェントは帰っていった。部屋の状況をすべてチェックして,1週間以内にConditioning reportというものをエージェントに提出しなければならないらしい。
 夕方ホテルを引き払い,晴れて新居に引越しした。余裕を見てホテルは8/12まで予約していたが,ちょうどぎりぎりであった。リュックとスーツケースを持った私を見て,ホテルの人がタクシーを呼んであげるといったが断った。ホテルから新しい住居までは歩いて5分ほどであるが坂道である。新居で10日ぶりにバスタブに入ることができた。何かすごく嬉しかった。

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8月10日(水)

王教授襲来:

パーティの後,中国人の王教授が部屋に訪ねてきた。困ったことに隣の部屋にいるらしい。暇なのかあるいは話相手がほしいのか,頻繁に訪ねてくるようになった。研究内容を聞かれた。これはもちろん研究者の間ではごく当たり前の会話である。説明したがあまり通じていないようだ。彼はパワポを持ってきて,今度は自分の研究の話をしだした。「Flack 3D」や「UDEC」(解析に使う世界標準のソフト)を持っていて,どんな解析もできるぞと豪語している。坑道にロックボルトを打設したときの応力分布や掘削に伴う空洞の変形図を見せられた。3次元ではあるが,教科書によく載っているような図である。発破の解析もできるぞという。私は彼に「これらのソフトを使って,具体的に何の解析をするつもりなのか。どんあアイデアを持っているのか」と聞いてみた。すると彼は「それを二人で一緒に考えよう」といった。さらに,それをポールに提案して,どっかの会社からFundをもらおうと言う。「残念ながら私はやることがいろいろあるのでできない」と言って断った。あとで思ったことだが,世界でやっていくには,中国人のこのたくましさを少しは見習わなければならない。
私は彼の部屋を一度だけ尋ねたことがある。どうしてもプリンターを使わなくてはならない事情ができたのである。プリントアウトと同時にお礼を述べて立ち去った。

スカイップ:

 北大の学生とスカイップをつないでみた。問題なくつながった。今後,これで打ち合わせなどもできそうである。

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8月9日(火)

サプライズパーティー
サプライズパーティ:

12時からパーティがあった。サプライズパーティということで何のパーティか知らされていなかった。もしかして,私の歓迎のパーティかと思った。全く違った。School of Mining EngineeringのヘッドであるHebblewhiteの還暦祝いだった。エビ(Prawn)の塩焼きがメインディッシュだった。エビに塩をつけるのを手伝った。岩塩を砕いたような塩で面白いようにエビについた。パーティの主催者であるクリスがみんなに言い訳していた。「今日のエビはなぜかちょっとだけしょっぱいみたいだ」

もう一人のVisiting Fellow:

School of Mining Engineeringには私のほかにもう一人Visiting Fellowが来ている。中国の燕山大学から来た王(Wang)という教授である。年は私と同じくらいであろう。専門も私と同じ岩盤工学のようである。パーティの席で私の存在を知ったようで,やたら話かけてくる。困ったことに彼の英語が全く聞き取れない。最初,中国語で話かけられているのかと思ったほどだ。水曜日(Wednesday)のことを「ウエドネエスディ」と発音する。いろいろ親切に教えてくれようとしているらしいがほとんど理解できない。彼も私のジャパニーズイングリッシュが理解できないようである。ほとんど会話にならない。突然「お前,中国語は話せないか」と聞かれた。こんなことを聞かれたのは生まれて初めてである。もしかして,中国語は英語のように世界共通の言語になりつつあるという認識なのかもしれない。大学のスタッフも彼と話をするのはなるべく避けているようにも見えた。ちなみに彼は私にこう教えてくれた。「オーストラリアの英語はイギリスの英語とは全く違い,すごくわかりづらいよ」。私は彼の英語が最もわかりづらい。

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8月8日(月)

ガードマン乱入:

電車やバスにも問題なく乗れるようになってきており,大学への通勤も楽に感じられるようになってきた。私の居室はとりあえず「名誉教授の部屋」である。移動したSharlockの部屋が片付いたらそっちに移ってくれといわれている。朝,大学の部屋に着き,パソコンを立ち上げた。今日は,日本に連絡のメールを送ろうと思っていた。Netは快調で,問題なくつながった。そのときである,ドアを激しくノックする音が聞こえた。ドアを開けると屈強そうなガードマンがもの凄い剣幕でまくしたてている。何を言われているのかさっぱりわからなかった。だが,思い当たるふしはあった。入室するときに,部屋のセキュリティを解除しなかったことだ。
金曜日にKimという女性の事務員が部屋のセキュリティを解除してくれた。セキュリティボックスに番号を入力し,何か説明してくれていた。困ったことに彼女の英語は私にはかなりわかりづらい。フランス語で話しかけられているような気になる。とりあえず,「私はこのセキュリティを毎日解除する必要があるのか?」と聞いてみた。とりあえず「No」といったのはわかった。しかし,そのあとの説明がわからなかった。これらの状況から何となくわかった。彼女は「あなたはしなくていい。私がするから。朝来たら私のところに来て」といったのだと思う。私はセキュリティ番号をまだもらっておらず,どうがんばっても解除できるわけがなかった。
ガードマンにVisiting Fellowであると説明し,金曜日にポールからもらったID番号を教えた。ガードマンもだいぶ落ち着いてきて,セキュリティの解除はちゃんとKimに頼むようにといって帰っていった。大事なことを学んだ。重要なことは,わかるまでしつこく聞かなければならないということである。ちなみにガードマンは和製英語で,正しくは「security guard」というらしい。とりあえず,日本のみんなへは,何事もなかったように「私は問題なく元気でやっています」とメールした。

アパートの契約:

午後はエージェントとの契約である。ミルソンズポイントというところにあるエージェントの事務所に行った。日本人の不動産屋が同行してくれた。日本語でもこの手の契約書はわかりづらいが,英語の契約書を解読するのはかなり時間と労力がかかりそうである。助かった。日本人の不動産屋が各条文をすべた説明してくれた。わからないことはしつこく聞くことができた。ゴミステーションの場所も確認した。エージェントは香港出身の女性であるが,あまりにも私が時間をかけているため,いらいらしているようであった。
1か月分の家賃にあたる保証金と3か月分の家賃を支払う必要があったが,日本からまだまとまったお金を送金してもらっていなかった。とりあえず1週間分の家賃を支払い,物件の引き渡しは,これらを支払った日からということになった。

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8月7日(日)

ホンダイビーチ:

 この日は朝からビーチに行ってみた。シドニーで最も有名なホンダイビーチである。ホンダイジャンクションというシティレールの駅からバスで10分ほどで着いた。さすがに泳いでいる人はいなかったが,サーファーがたくさんいた。帰りに,ホンダイジャンクションのモールで「一番星」というラーメン屋を見つけた。日本のラーメン屋のようにのれんがでている。誘惑に負けて入ってしまった。味噌ラーメンを食べたが,そこそこであった。人気店なのか店は満員でオージー達もなかなか上手に箸を使って食べていた。どう見ても店員は日本人のような気がするが,英語で会話した。なんか変な気がした。ちなみにあとから入ってきた日本人のカップルには日本語でオーダーをとっていた。私は中国人か韓国人と思われたのだろうか?

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8/6(土)

工事の偵察:

土曜日であるが,朝,9時くらいに様子を見に行ってみた。すでに工事が始まっていた。こちらでは,土曜日も工事をするようである。高層マンションの建設工事のようである。車の音より小さい。というか車の音にかき消されて工事の音はあまり聞こえない。今のところは大丈夫なようである。半年ほどの間,はげしくならないように期待するしかない。女房に伝えるとOKがでた。早速不動産屋に伝えた。

オペラハウスとロックス:

この日の午後,晴々した気分で,シドニーの象徴であるオペラハウスに行ってみた。ついでに,その近くにあるロックスという場所も訪れてみたロックスはシドニーの発祥の地で古い建物がそのまま残っている。やっとシドニーに来た気になった。

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8月5日

大学へ:

電車とバスを乗り継いで大学に行った。こちらの電車はCity railと言われている。ホテルのあるChatswoodからCity railに乗りCentral stationというところまで行く。所要時間は25分くらいである。Central stationは地方へ向かう列車の起点となっている駅であり,札幌でいうと札幌駅にあたる。Cityと呼ばれる中心街はその一つ手前のTown hallという駅であり,札幌の大通り公園にあたる。ちなみに,すすきのは,Town hallから2駅離れたKing crossというところらしい。
Central stationからはバスで15分くらいである。ネットの接続の調子が悪く,バスの乗り場を調べられなかった。駅の周りをちょろちょろしていたら「UNSW」と表示されたバスが止まっているのを見つけた。運転手に聞いてところ私の通う大学に間違いなく行くらしい。どこで降りればいいか尋ねると,「着いたら教えてやる」といわれ,バスに乗り込んだ。次のバス停で客が乗ってきた。乗ると同時になにやら緑の機械にカードを入れている。後で知ったことだが,シドニーのバスは基本的にPre payらしい。乗るときに先に料金を支払うか,あるいはカードを購入しておき,それを緑の機械に通すらしい。また,バス停に関するアナウンスは一切なく,おりるバス停に近づいたらブザーを押す。つまり降りる場所を知ってないと,どうにもならないのである。運転手にお願いしておいて良かった。問題は運賃を払ってないことである。知らないふりをして降りてみることにした。大学の近くのバス停に止まり運転手が教えてくれた。ちなみに「Oh! Friend」といわれただけである。どきどきしながら降りたが何も言われなかった。乗客が機械にカードをちゃんと入れているかとかは細かく見てないと思われる。とにかく無事についた。
ポールの部屋を尋ねた。鍵はできていた。また,IDも発行されていた。これでやっとネットにアクセスできる。ただし,セキュリティに関する部署に電話してまずは本人確認をするようである。次に,IDを入力し,いろいろ設定する。ポールが教えてくれたので助かったが,ここでトラブルが発生した。ある一つの入力欄が入力できないのである。原因はわからないが日本のキーボードの問題のような気がした。すぐに,パソコンを持ってITセンターというところに連れていってもらった。見てもらったがやはりだめである。代わりにITセンターのパソコンから入力させてもらった。やっと問題解決である。この日の午前中はネットの接続と動作確認で終わった。

Sharlockの送別会:

昼の12時からDr. Sharlockの送別会があった。Sharlockは私と研究分野が近く,露天採掘鉱山における岩盤斜面の安定性やブロックケービングが専門である。彼のことはHPを見て,来る前から知っていた。特に,セルオートマン法を用いてブロックケービングの解析をしており,興味を持っていた。ポールに自分の専門の話をしたときに,「それならSharlockと一緒にやるのがいいけど,お前残念だったな。あと半年早くこれば良かったのに」と言われた。あまり何のことかよくわからなかったけど,やっと意味がわかった。彼はブリスベンの鉱山会社に転職するそうである。後で彼の学生に聞いたところ給料は大学の3倍だそうである。本当に残念である。

Chatswoodの物件:

午後にChatswoodの物件を見にいった。この日は大忙しである。朝に日本人の不動産屋から電話がきて,Chatswoodの物件を見てみないかといわれていた。物件のオーナが知人の中国人に貸す約束をしていた物件だそうである。この中国人はまだ渡豪しておらず,エージェントが反対してストップをかけているとのことだった。どうりで,朝ホテルでHPをチェックしてみたが載っていないはずである。こちらでは,オーナーよりエージェントの判断が優先されるそうで(日本ではどうかわからないが),かつ,物件は下見するのが原則のようである。とりあえず見せてもらった。買い物にはかなり便利そうで,電車の音も気にならない。セキュリティも面倒なほどしっかりしている。もちろん家具付きである。なかなか女房が気に入りそうな物件である。ただし,気になる点が一つあった。50mくらいのところで工事をしていることである。女房に報告したところ,すぐさま偵察命令が下った。

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8月4日

電車の音:

朝の9時ごろ,例のアパートについた。道路と線路の間に防音のためか植林されている。電車が来た。結構うるさい。次の電車が来た。やはりうるさい。窓を開けた状態ではかなりうるさいと思われる。この物件は断念することにした。残念である。電車の音を除けば,部屋,環境,立地,駅前の雰囲気など結構気に入ってた。早速,不動産屋に断りの連絡をいれた。もう一つの物件の方はどうかと聞かれた。家賃が高いこともあり,あまり気に入っていなかったので断った。振り出しに戻った。シドニーでは,月曜か火曜に新聞やネットで物件が公開されるらしい。家具付きがまたでるかどうかわからないが,翌週に期待することにした。

Hornsby とArtarmonの探索:

午後はHornsby とArtarmonという街を見に行った。基本的に,ホテルのあるChatswoodかこれら2つの地域から探そうと思っていた。HornsbyはChatswoodよりさらに北に電車で20分くらいのところである。大型スーパーがあり買い物には便利そうであるが,シドニのー中心(City)まで50分近くかかる。その分,家賃は安いようである。ArtarmonはChatswoodより一駅Cityよりである。静かな住宅街であり,比較的日本人も多く住んでいるそうだが,買い物には不便で,また,坂が特に厳しい。3つの中ではChatswoodが良い気がしてきた。

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8月3日

St.Leonardsの物件:

日本を出る前に連絡しておいた日本人の不動産屋から朝9時ころ電話がきた。今日,早速2つ物件を見れるらしい。午後2時にSt.Leonardsという電車の駅で待ち合わせすることになった。
ところで,シドニーの不動産事情は借りて側には大変厳しく,超高いうえに物件そのものがなかなか市場にでまわらないらしい。私は6か月という短期なので,家具付きの物件を希望しているが,これがさらに無いらしい。嘘かと思って,自分でもネットで調べてみた。オーストラリアの不動産に関しては,2つの有名なサイトがある。どちらをみてもその通りであり,「家具付き」という条件をつけて検索するとほとんどでてこない。また,9月に来る娘たちがシドニー市内の北の方にある日本人学校に行く予定であり,スクールバスの止まるエリアに限定している。かなり苦戦することが予想されたため,ホテルは10泊予約している。
待ち合わせまで暇なので,早くいって探索することにした。St.LeonardsはChatswoodからシティ側に2駅である。改札を抜けるとアーケードのあるフードコートが広がっており,真ん中に噴水がある。なかなかいい雰囲気である。スーパーもあり,買い物にも困らない。駅を中心に1時間くらい散策してみて気づいたことがある。坂が多い。これはChatswoodでもそうだったが,シドニーはそもそもそういう土地のようである。家を選ぶ条件として「坂がないこと」という選択肢ははずすことにした。
2時くらいに改札に戻ると不動産屋がもう来ていた。日本人はすぐわかるらしく,私を見るとすぐに近づいてきた。家具付きの物件が一昨日ここSt.Leonardsで2つでたとのことだった。すぐに1軒目の物件へと向かった。門構えとか,駅からの近さとか,なかなか環境のよいアパートメントである。予想していたより部屋も広く,家具類も問題ない。道路を挟んだ向こうに電車の線路がある。電車が一本通ったが,音は特に気になるほどではなかった。不動産屋によると,線路側の窓はかなり厚いので窓をしめている限り問題はないとのことである。結構気に入った。続いて2軒目の物件を見た。こちらは1軒目より全体的に狭い感じであるうえ,1軒目より家賃が高い。また,テレビはついてない。ただし8階のためかなり見晴らしは良い。
ホテルに戻り,女房に2つの物件の説明をした。1軒目は結構気に入ったと伝えた。問題は電車の音である。ゴミステーションの苦い経験が頭をよぎった。私はこういうのはあまり気にならない方であるが,女房は私よりはるかに敏感である。また,窓を開けられないは精神的にいやだそうである。明日の朝,もう一度このアパートメントに行き,音の様子を確認するという指令がだされた。

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8月2日(火)

到着からPaul登場まで:

定刻通り7:30ごろにシドニー空港に着いた。入国審査では長い列ができたが,係員が適切に誘導しており,意外と早くたどりつけた。驚いたが,何も聞かれなかった。パスポートとビザを提出したが,パスポートのみチェックされ,あとはにっこり微笑まれただけである。すでにビザがコンピュータに登録されているためであろう。スーツケースは早くでてきた。税関もまったく問題なかった。結構混んでいたが,ここでも係員が来て,「Food?」と聞かれたので「Nothing!」と答えると,入国カードにシールが貼られた。横の方にあるすきすきの出口に誘導され,そこで係員にカードを渡してお終いである。オーストラリアの税関はうるさく,スーツケースを開けられることも結構あると聞いていたが,意外とあっけなかった。お土産の用の日本酒を2本持っていたが,もっと持ち込めばよかった。 UNSWでの私の受け入れ担当者であるPaul Haganとは,8:00に空港内のカフェで待ち合わせである。彼に指定されたカフェは見当たらなかったが,似た名前のカフェがあった。きっとここだろうと思って待っていた。というか,近くにはそこにしかカフェがない。8:20分になってもPaulが現れない。少し心配になってきた。待ち合わせ場所が違うのだろうかと思った。8:30まで待っても現れなかったら電話しようと決めた。8:30ピッタリに手を振って現れた。一瞬私が時間を間違えたのかと思ったが,彼は会うなり遅刻したことを謝り始めた。

空港から大学へ:

Paulの車に乗り込み,University of New South Wales (UNSW)へと向かった。彼の車は日産のバンである。大学までは約20分くらいだった。構内に大きな立体駐車場があり驚いた。それからSchool of Mining Engineeringのある建物に向かった。名前はOld Buildingである。Paulはこの建物はもっとも古く伝統のある建物だといっていた。予算がつかずそのままだけなのかもしれない。スタッフに挨拶周りをしたあと,学内のカフェでコーヒーをご馳走になった。カフェに行く途中で,広いロードがあり,まずはこの道を覚えろと言われた。北大ではメインストリートにあたる道である。先にも後にもPaulに教えてもらったのはこの道だけである。私の居室はとりあえずEmeritus Professor の部屋らしい。北大での部屋と同じくらいの広さである。とりあえず,日本から持ってきたノートパソコンの動作を確認した。ネットにつなぎたいと言うと,「これから申請するよ。部屋の鍵もまだできてないので2,3日休んで家を探したら」と言われた。私もそのつもりだったので,そうすることにした。 UNSWに着いてすぐに気付いたことがある。中国人の学生が非常に多い。ざっと見た感じでは,1/3が中国人(中には香港,台湾,韓国,日本人などもいると思われるが)である。ここオーストラリアでも中国という国の勢いが感じられた。

大学からホテルへ:

ポールが車でホテルまで送ってくれた。ホテルはChatswoodという街にある。日本からネットで予約してある。シドニーのホテルは高く,専用のシャワー・トイレ付きとなると1万円以上の部屋多い。専用のシャワー・トイレ付の中で,一番安いホテルを選んだ。Chatswood Innというホテルで,一泊795$(約6,600円)である。ネットが無料で使い放題という点も気に入った。ホテルに向かう途中,シドニー湾をトンネルで抜けたが,ポールはこのトンネルの設計・建設に携わったらしい。Chatswoodの街についたが,ホテルがなかなか発見できない。地図をみる限り,比較的大きな道路に面しているはずだが,ホテルらしきものがまったく見当たらない!ポールがホテルに電話してくれた。するとすぐ目の前の民家から中国人のおばさんがでてきた。どうみても普通の家である。どこにもホテルとは書いていない。ポールに送ってもらって助かった。自力では発見できなかったかもしれない。

Chatswood探索:

部屋を確認するとポールが帰っていった。まだ午後2時である。とりあえず,Chatswoodの街を探索することにした。通勤のこともあるので,まずは電車の駅を確認することにした。ホテルのHPには駅まで10分と書かれていたはずだ。確かに10分でついた。しかし,やられた。すごい坂道である。Chatswoodの駅前には大型のスーパーが2つある。札幌でいうとジャスコのような店である。とりあえず買い物には便利な街であることがわかった。あてもなくいろいろ歩きまわった後,夕食用にパンと牛乳を買ってみた。シドニーではパンと牛乳は安いようである。

初夜:

5時近くになると暗くなってきたのでホテルに戻った。考えてみるとこちらでは今真冬である。日が短いわけである。シャワーを浴びた後,パソコンをネットにつなげてみた。つながることはつながるが,どうも不安定である。つながってもすぐに切断される。確かに無料で使い放題であるが,使うのは難しいようである。ホテルの部屋はそこそこ綺麗であり,特に問題は無い。冷蔵庫や電気ストーブもあるし,バスタオルなどもある。また,とても静かであり,ほかに客はいないようである。ネットで予約するときに,画面に「人気のホテル。残りあと4部屋」と表示されていたことを思い出した。ちなみに,このホテルにはどうみても部屋が4つしかないようである。ポールからもらった「History of School of mining in UNSW」という本を見てたら疲れてきたので寝ることにした。シドニーでの初夜である。

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